スリランカ旅行記 その6 シギリヤロック
2017年12月31日
チケットの販売開始が朝7時からの為、6時30分に宿を出て、徒歩でシギリヤロックに向かう。
宿からチケット売り場まで歩いた距離はさほどではないが(20分もかからないくらい。)
外国人用のチケット売り場は美術館内にあるようで、それが判明するまで多少時間を要してしまった。
外国人の入場料は、大人がUSD30ドルかもしくは4650スリランカルピー。(約3400円。)
尚、キャッシュのみの受付である。
美術館からシギリヤロックに行くには来た道を少し引き返すので、
動線とは何なのか、しばし考えさせられてしまったが、
朝の涼しい気候の中、太古の遺跡に向かって歩くのも悪くない。
…と思いきや、
整備された部分などは速攻で終わりを告げ、
永遠に続くような階段が現れた。。
その勾配の急さたるや、前日訪れたダンブッラの石窟寺院の比ではない。*ダンブッラの階段も十分にしんどかった。
足を滑らせて後ろの人を巻き添えにしては申し訳なさすぎるので、写真は撮れなかった(:_;)
そうこうするうちに、らせん階段にたどり着き、垂直へ上っていった。
(この階段も、周りに鉄の格子を張り巡らせてくれているが、下をみてはいけない類のものである(;´Д`))
上ってみると、そこには、18人のシギリヤレディがいた。
それはそれは見事だった!!
柔らかな黄土色の壁に、これまた柔らかい線で美女たちが描かれている。
シギリヤレディはスリランカだけでなく、インドやアフリカなど、いろいろな国から集まっているようで、
美女のバリエーションが豊かで、でもいずれも柔和で美しくて、ずっと見ていたかった。
2016年1月から壁画の写真撮影が禁止されたので、壁画のそばには係員が2、3名待機しているのだが、壁画の事をいろいろ教えてくれる。
画家の間違いで、指が6本あったり、手が3本ある美女もおり、
なんであれだけの画が描けるのに、そういう初歩的なとこをどうして間違うのか謎だが、それもまた楽しい。
せまい場所に後続の人もどんどんやって来るため、本当に名残惜しいが壁画を後にする。
その後、有名なミラーウォール(鏡の回廊)があるのだが、
どれがそれなのかが分からず、反対側の岩を写真に撮ってしまった(;´Д`)
岩に沿いながら歩いていくと、広場にでてきた。
今では足しか残っていないが、有名なライオンの門である。
シギリヤレディを見て油断してしまったが、ここも登るのか。。
しかし、ほんのひと昔前までは、ロープ一本と30センチぐらいの板しかなかった、と聞くから、それに比べたら今の環境はだいぶ恵まれている。
登りきってみると、そこはまさしく天空の城(跡)であった。
周りは360度、森(ジャングル)を見渡せて、遠くの方には大きな河も見える。
宮殿が出来た当時は、ここに住む事になった人々はどんな気持ちだっただろう。
ここは、歴史でみると、骨肉の争いの上、ほんの10年ほどで滅んでしまった、悲劇として語られる事が多い場所だが、
ふもとの都市は庭園や水路や濠(ワニ入り)が整備され、
絢爛豪華な美女の壁画(当時は500人ぐらい描かれていたらしい)があり、
鏡のように磨かれた壁があり、
巨大なライオンの門があり、
天空に近い宮殿にはスイミングプールなどもあって、
カッサパ王本人の心理はいざ知らず、ついてきた人々や美女たちはそれなりに栄華を極めて生活していたのではなかろうか。
その当時、この天空の城で、人々が生活していたり、シギリヤレディたちが優雅にプールで遊んでいた様子などを想像すると、とても楽しかった。