スリランカ旅行記 その11 ミリッサ クジラのいる海
2018年1月2日 午前6時15分
宿から手配したホエールウォッチングツアーのお迎えが来てくれるというので、宿の裏庭にて待つ。
朝の海には誰もおらず、とても静かだ。
…って、もう既に指図された時間を過ぎてるのに、どういうことじゃー!!
と思っていると、犬がやってきた。
一人と一匹でしばし海を眺める。
さすがにちょっと不安になってきた頃、一人の若者がトゥクトゥクに乗って現れた。
…と思うと、私もトゥクトゥクに乗せられ、
どこかの、人が多く集まっている所に着いてチケットを購入し、
その後更にどこかへトゥクトゥクを走らせ、
たくさん停まっているボートのうちの一つの前で止まった。
ほとんどドア to ドアで、
またチケット売り場やボート乗り場への移動はややこしそうだし手配を頼んでおいて正解だったが、
もうちょっと説明があっても良いのではないかな。笑
ツアーの料金は6500スリランカルピー(約4650円)。
シーズン中(11月~4月)である事と、
少し前に政府の通達があってボートの規格があがったので、昔より値上がりしたらしい。
確かにチケットは共通の場所で買うので、妙な事はなさそうだ。
(逆に、安い料金を提示してくる人は怪しいのかもしれない。)
因みに、友人が勧めてくれたが日程が合わず断念した、Navy主催のホエールウォッチングツアーの外国人料金はひとりにつき60USドルだ。(HP参照)
Sri lanka Navy Whale Watching | SLN
さておき、乗客の数がある程度そろった7時15分、ボートは出発した。
出発してしばらくすると、乗客にサンドイッチが振舞われた。
ペットボトルの水はいつでも気軽にもらえるし、その他、酔い止めの薬なども完備している。
ボートが出発して1時間程たったので、デッキに出てみる。
波は穏やかで、眺めているとゼリーがプルプルしているかのように見えてくる。
ポイントに着いたらしく、ボートのクルーが
「さあ、あと5分でクジラがやってくるよ!」
とアナウンスし、ドヤドヤと乗客がデッキにやってくる。
シーズン中、この海ではほぼ毎日クジラが見えるらしいから期待が膨らむ。
…が、全くクジラの姿は無し。
ボートはまた進み始め、今度は少し波が出てきた。
少し気分が悪くなってきた気がしたので、今更だけど酔い止め薬をもらって飲んだ。
クルーはみんな親切だ。
その後、ボートは幾度かポイントを変えるも、まったくクジラの、というより生物の気配がない。
しばらく経って、ようやくイルカが一頭、遠くの方に見えた。
が、海はまた沈黙に戻る。
今、波は殆どなく、ただ大海原にプカプカ浮かんでいるだけだ。
時折、トトトトーっと船にエンジンをかけ、「おっ!」と思うが、
少し進むとまた停まる。
この辺りにクジラがいるのは分かっているのだが、なかなか海面に上がってこないのだ。
日差しは結構きつく体力が消耗され、自分だけでなく他の乗客にも疲労の色が濃くなってきたのが見える。
まあ、クジラを観れなくても、このままボケーっと海に浮いてても良いかな。。
と思えて来た頃。
前方で歓声があがった!
一頭のクジラが頭をほんのちょっとだけ海面にだし、潮吹きをして海に潜っていったのが見えた。
二頭目は、尾びれを上げたのだけ見えた。
そして三頭目。
見えたのは半身(?)のみだったが、ボートほどの大きさがある巨大なクジラが、
光沢がある黒い体をうねらせながら海中から現れ、また海中に潜っていった。
ほんの一瞬だったが、その姿は鮮烈で、
それだけで、4時間待った疲れが吹き飛び、ツアーの思い出は最高のものとなった。
(おまけにウミガメも見れた。可愛かった。)
結局、宿に戻ってきた頃には14時を過ぎていた。
宿の裏庭のレストランで海を見ながら、昼食をとる。
食事を終えたら、コロンボに帰らないといけない。
さすがに疲労が出てきたのと、波の音が心地よいのでしばらくボヤボヤしていたが、意を決して宿を後にした。
ミリッサからコロンボに帰るには、いったんMataraという所に行き、
そこからハイウェイバスに乗るのが良いらしい。
教えられた道端のバス停(美容院の前、目印はない)で待っていると、
親切なおっちゃんが、「そこで待っててもバスは停まらないよ。」と、
3メートル先の停車ポイントを教えてくれた。(そこにも目印なんてない。)
スリランカのバスにもだいぶ慣れた、と思っていたが、やはりまだまだのようだ。
バスが来たので、あわてて飛び乗ってしまったが、おっちゃん、本当に有難う!
Mataraのバスターミナルに到着。
ハイウェイバス乗り場は、ローカルのバス停留所とは反対側の海に面したところにあった。
夕焼けの中、ここからコロンボに帰る。
スリランカ旅行記 その10 南に向かう ゴール、ミリッサへ
2018年1月1日
コロンボに着いたら、今度はバスで南に向かう。
今までの道中、バスを使って嫌な思いをした事がない。
ほとんど時間通りだし、安いし。
なので、今ではバスターミナルに来ると安心感すら覚えるようになった。笑
今晩はホエールウォッチングで有名なミリッサという町に泊まるつもりだが、
直接ミリッサ行のバスは出ていないようなので、ゴール行きのバスに乗る。
ゴールはウナワチュナを始め、美しいビーチがたくさんあるのはもちろんの事、
街が城塞として造られており、その為、旧市街地区は世界遺産に登録されている。
バスの進行方向の右手側が海側になるので、そちらの席を確保する。
殆ど定刻でバスは発車し、コロンボ市内を通りぬけ、南国らしい風景の郊外に入った。
途中、丸くて白いお寺に参拝する人々、大きな河に泊まっている舟、
海岸線とその奥に見える海が途切れ途切れに見えるも、
慌ててカメラを用意するうちに通り過ぎてしまった。
しかし、しばらくすると、綺麗な水色が視界に飛び込んできた。
しかもずっと長く続いている。
焦らなくても、より良いものがちゃんとまたやってくる。
スリランカってそういう感じの国だ。
ここはヒッカドゥアという、サーフィンやサンゴ礁で有名な場所らしい。
道路沿いに並ぶ小さなお店も、色とりどりのTシャツやお土産などを売っており、
ビーチに出る前のウキウキ感が伝わってきそうな場所だ。
ヒッカドゥアからはだいたい1時間、コロンボからは3時間でゴールに到着。
ちょうどお昼時だったのでトゥクトゥクを捕まえ、trip advisor で高評価のWijaya Beach Restaurant に行こうとしたが、そこでオオ揉めする。
Wijaya Beach Restaurant (ゴール) の口コミ766件 - トリップアドバイザー
元日早々、ドライバーを叱りつけ何とか目的地にたどり着くあたり、
2018年の(インド生活の)何かの暗示かと思ってしまうが、
Wijaya Beach は憂鬱な気分を全て吹き飛ばしてくれた。
透明な水に膝までつかりながら、遠くで海で楽しむ人々を見てると、
人間、「遊ぶ」っていう事は本来、こういう場所に来て楽しむ事なんだ、
と思った。(まあ、山でも良いんだけど。)
リフレッシュ出来たとはいえ、今日はもうこれ以上トゥクトゥクで腹を立てたくなかったので、ミリッサへ向かう事に。
ゴールは殆ど何も見てないけど、また来よう。
ゴールからミリッサは近いので、トゥクトゥクドライバー達が手ぐすねを引いて待ち構えている。
しかし、「バスで行くから、バスターミナルまで行ってくれ。」と2、3回言うと、
バスターミナルまで戻らなくても、この近くにバス停があるから、
と丁寧に場所を教えてくれた。
基本は皆、いい人なのだ。
ミリッサの宿へ着き、宿泊の手続きを終え、宿の裏庭から繋がっているビーチに出ると、
辺りは一面柔らかいピンク色だった。
コロンボの夕陽が黄金色でキラキラとエネルギーを放ってくるのに比べ、
ここの海は波があまり無いのも相まって、優しい雰囲気に満ちている。
波が届くところの砂は水で固められ、つるつるの粘土の上を歩いているようで気持ちがよい。
今日もいろいろ盛りだくさんの一日だったが、まだ元日である。
つるつるの土の上を裸足で歩きながら、今年、あるいは将来やりたい事を考えてみる。
くるぶしの高さまで寄せて来る波はぬるく温かい温度で、
どんなに突拍子もない事を考えても、肯定してもらえてる、という感じがする。
考えついたやりたい事の中には、
ブログを始めたからこそ出てきた新しい事もあった。
今年も、新しい、良い出来事でいっぱいの素晴らしい年になりますように!
次の日も早いので、名残惜しいが引き上げる。
明日はいよいよこの旅の当初の目的、ホエールウォッチングに行く予定だ。
スリランカ旅行記 その9 電車の旅 キャンディからコロンボへ
2018年1月1日 午前5時30分
6時15分発の電車に乗る為、駅に向かう。
前日下調べをしたところ、駅へは徒歩で15分ぐらいだ。
辺りはまだ薄暗いが、袈裟をまとったお坊さんたち、
また、お参りの為なのか、白い衣装を着た女性たちの集団がたくさん通り過ぎる。
気候が暖かい為、日本のように身を切られるような、キュッと引き締まったような空気ではないが、
元日の早朝にふさわしい清廉な感じだ。
…トカ思っていると、暗すぎて目印が分からなくなってしまい、
道ゆくおっちゃんに助けてもらって、駅に到着した。
コロンボ行きは3番乗り場から。
そんなに大きくない駅なので、乗り場はすぐに分かる。
乗り場案内に交じって、「Wi-Fiカードあります。」の看板がなんだか可笑しい。(ちなみに、乗った車両には座席下に電源もあった。。)
電車のチケットはスリランカ人の友人が取ってくれた。
スリランカの鉄道は、
「紅茶列車」の愛称で有名な、茶畑を通っていくメインラインや、
海岸線の際を走るコーストラインを始め、
他にも絶景ポイントを通る路線が多いので人気があるらしい。
今回の電車の旅は、コロンボからキャンディまでの約2時間半の旅だが、
どんな景色が見られるのかワクワクしながら
前方の窓から見える、駅の時計の時刻を眺めて待つ。
ガタン、という音と共に、電車がゆっくり動き始める。
…と同時に、景色もゆっくり後ろ向きに流れていく。
元々、進行方向とは逆に座って、眼前に窓があるんだから当然なのだが、なかなか奇妙な感覚だ。
駅を出たと思ったら、もう次の瞬間から目に入ってくるのは、
森(ブッシュ?)の景色のみだ。
後ろを向いている為、景色の予測が出来ず、突然、木々が視界に飛び込んで来る。
そして、結構ガタガタ揺れる。笑
ガタゴト揺れながら、時折は石のトンネルをくぐったり、カーブを曲がったりしながら、森の中を通り過ぎていく。
黒の格好いい制服を着た車掌さんに、これまた重そうな鋏でチケットをパンチしてもらったら、
空いている席に移動しても良いみたいだ。
そしてまた、しばらく緑の中をガタゴト走っていく。
次第に黒に近いような深い緑から明るい緑になって、青空も見え始め、
通り過ぎる駅も、オレンジやピンクで色味がかわいい。
窓から見える全ての景色が色鮮やかで、ポジティブに見える。
開発されて便利な環境で育った日本人が言えた事ではないのだが、
現在居住しているデリー及びその近郊を見ると、
青空って本当に貴重な財産
だと心底思う。
日々の生活を考えると、もちろんスリランカの人々にも便利に暮らしてもらいたいが、
この車窓から見える景色を大切にして欲しいと思う。
コロンボに近づくにつれ、景色もだんだん開けてきて、車や人も多くなってきた。
朝8時ごろ、元日だというのに、大勢の人が動いている。
のんびりした時間に終わりを告げ、さあ、私もまた出発だ!という気分になってくる。
8時43分、コロンボに到着。
電車の旅はゆったりしていた。
2等車、3等車だとまた様子が変わって、それも面白いのかもしれない。
今回、時間帯によるのか、車両によるのかは不明だが、
食べものを売る人が来なかったのが唯一残念だったので、
また次回トライしたい。(他の方のブログで見た、エビの入った揚げ物がめっちゃ食べたかった!!)
一回書き終えた後で追記;
もちろん、脳内BGMは、「世界の車窓から」だ。当然。
スリランカ旅行記 その8 キャンディ 幻のスリランカコーヒー
さて、仏歯寺の真近く(同じ広場といっても差支えないぐらい)に、
Natural Coffee http://naturalcoffee.lk/ というコーヒーのお店がある。
知人からの情報と、ネットでの口コミを少しみていたので休憩も兼ねて、とりあえず入ってみる。。
と!
足を一歩踏み入れた瞬間から、
コーヒーの良い香りが!
店内いっぱいに充満している!!
なんという、幸せ(*´▽`*)空間!!!
(いささか失礼ながら、)お店の外観の印象とのあまりにものギャップに一瞬うろたえかけたが、
あらためて店内を見渡すとインテリアも落ち着いた感じで、
ところどころに素敵なカップが飾ってあって、
そして、BGMはショパンだった。
もうそれだけで、(驚きすぎて)長旅の疲れもリフレッシュされたが、
お店は二階建てで、上階も心地よい場所だった。
すでに何組かの大きなバックパックを持った客が、旅のガイドブックを眺めながら、ゆったりとくつろいでいる。
ネット上のレビューから、このお店には日本式カレーライスがある事を知っており、(カレーうどんもあった!)
メニュー上での写真でも、ものすごーく美味しそうで最後の最後まで迷ったけれど、
このお店の雰囲気にも後押しされて、スイートポテトのケーキと、スリランカ豆のコーヒーを注文。
フレンチプレスで淹れられるコーヒーには砂時計がついており、
砂が全部落ち切ったら、コーヒーをカップに注ぐ。
はちみつとバターとスイートポテトの程良い甘さのケーキと、
ちょっと酸味のある、しっかりとした味のコーヒーを味わいながら、
広場を行きかう人々を眺め、しばし、脳と体を休める。
階下に降りていくと、日本人らしき男性が葉っぱのような物を袋に詰めていた。
この男性はオーナーの吉盛さんで、袋に詰めていたものは、
コーヒーの葉から作った紅茶だった。
挨拶をすると、吉盛さんは作業中にも関わらず気さくに対応してくれ、
私がインドから来た、という事を告げると、
ご自身も以前はインド駐在員だった事を教えてくれた。
思ってもみなかった所で、デリー近郊の日系工業団地の昔話などが出て、
(多分、私だけ)盛り上がったついでに、
生活もまだまだ不便なように見えるキャンディに拠点を置いているのか尋ねたところ、
吉盛さんは、ただ、
「ここキャンディの近くにアラビカ豆の産地があって。」
とだけ仰ったのだが、
後で調べてみると、
スリランカはもともと18世紀~19世紀にかけて、紅茶ではなくコーヒーの一大生産地として有名だったが、
ある時、「さび病」の流行によってコーヒーの木がやられてしまった、
(そしてそれを機に、当時の統治者が紅茶農園に全て切り替えてしまった、)
という経緯があり、
近年スリランカでは、このなくなってしまったコーヒーの復活を国家のプロジェクトとして挙げている。
(詳しくは、日本フェアトレード委員会の売ウェブサイトにて。http://www.fairtrade-japan.org/sri.html )
日本も以前はJICAを通して協力を行っていたものの、現在は残念ながら終了になってしまったようだ。
吉盛さんはこの活動の継続を願って独立し、
コーヒーそのものだけでなく、コーヒー農家の方や女性の雇用について、
支援や協力をされているようだ。
この、良い香りの居心地の良いお店は、
別に歴史や背景を知らなくても、十分に満足できる。
だが、
このコーヒー豆が一度は失われて、
いろいろな人の尽力があって復活したものだ、と知れば、
一層、深く楽しめると思う。
スリランカ旅行記 その7 キャンディ 仏歯寺
2017年12月31日 午前10時15分
シギリヤロックを堪能した後は、聖都キャンディに向かう。
シギリヤからの直通のバスは朝6時半の1本しかないので、ダンブッラを経由する。
ローカルのバスは慣れると(トゥクトゥク運転手を相手にするより遥かに)簡単で、
特にシギリヤのような田舎だと、道路から手を伸ばして「止まって欲しい。」というジェスチャーを示せばどこでもバスが止まってくれるから、
方向さえ間違えなければそれで良い。(シギリヤからダンブッラまでの運賃は、40スリランカルピー。約30円。)
ダンブッラに到着し、周りにキャンディ行のバスを尋ねると、ちょうど来たバスを指さしてくれたので、あわてて飛び乗ったが、
なんと、まさかの満席で、立って乗るはめになった。。(+o+)
約3時間半の長旅も、途中小休憩をはさみつつ、無事キャンディに到着。
キャンディは、狭い通路にたくさんのものがギュッと密集した小さな街だが、
シンハラ王朝最後の都として、また同時に、スリランカの仏教の聖地として非常に重要な街で、
街自体が世界遺産に登録されている。(なので、間違っても「ちょっと綺麗になったバラナシ」とか思ってはいけない(^^;))
キャンディ湖(人造湖である)の周りには、歴史あるホテルやデパートのみならず、ローカルの小さなお店までがたくさん立ち並び、たくさんの人で賑わっているが、
そこを通り過ぎながら歩いていけば、仏歯寺がある広場に出る。
仏歯寺とは、文字通り、仏陀の歯を祀っているお寺である。
それだけなら、ちょっと半信半疑なのだが、
キャンディに仏歯がもたらされた経緯(言い伝え)が面白い。
仏歯はもともと、仏陀の遺体が火葬された際インド各地に分散され、
その一つはカリンガ王国が所持していたのだが、
後年、カリンガ王国が戦いに敗れ滅亡の危機に陥り、王子と王女がスリランカに逃亡する際に、
王女の結った髪の毛の中に隠して持ってきた。
とか、
インドの王様が仏歯をもってやって来るのを知ったスリランカの王様が海岸まで迎えに行った帰り、
象にその仏歯(と容器)を乗せて都まで戻ったのがペラヘラ祭りの起源となった。
とか。。
いずれも、史実のようでもあり、物語のようでもある。
結局、仏歯はスリランカにもたらされてからは、1815年イギリスによってシンハラ朝が滅ぼされるまで王権の象徴となり、
三度の遷都と王朝の最後を(このキャンディで)見届ける事になった、という事だ。
さて、仏歯寺では1日に3回、プージャ(お祈りの儀式)を行っている。
プージャまでに時間があったが、二階の広間の隅には床に座って待てるスペースがあるので待つことにした。すべすべの木の床で、座っても心地よかった。
二階は仏歯が納められている場所に繋がっているので、大勢の人がお祈りを捧げているのが見える。
仏歯寺の内部は広くて、デコレーションも派手なので、日本人としては最初、戸惑うような感じもあったが、
独特の民族楽器の音でプージャが始まると、さすがは聖地、といった雰囲気だ。
プージャといっても容器だけで、仏歯を直接見れる訳ではないのだが、
笙や尺八や太鼓に似た音色の音楽、
格子の隙間から見える、オレンジ色の袈裟を着た僧侶が階下から列で上がってくる様子、
すべすべの床の感触、
背後の、たくさんの人が祈り、花を供えている光景、
は、必見、というか、その全ての雰囲気を、必体験! という感じであった。
…ところで、肝心の仏歯(の入った容器)だが、
なんか周りを花とかでめっちゃ飾られた金色の物、といったぐらいにしかよく分からなかった(^^;)
1秒か2秒くらいしか立ち止まってないしさ(^^;)
大晦日の夜、歩いて宿に帰る。
この宿は、駅に近い、という事だけで決めたのだが、
静かだし、(ソーラーシステム使用という)シャワーも熱湯が長時間出て、
見かけやコストに比べて良い宿だった。
オーナーのおっちゃんは、おしゃべり好きで陽気な人である。
その陽気な人が業務の為、年越しも独りなのか、、と思い、
「さすがに今日は疲れたので、今から休息をとるけど、
年が明ける前に起きるから、一緒に年越ししよう。」
と約束し、
その後、眠い目をこすりながら23時半ぐらいに起きてロビーに出てみると、
おっちゃんは既に眠りについたのか、いなかった。。(-.-)
ロビー窓から花火が見えたので少しだけ鑑賞し、部屋にもどった。
そして、夜が(年が)明けた。
焼き芋ダイエット?in インド
2018年1月9日
スリランカ旅行の思い出もまだまだあるけど、ちょっと疲れたので息抜き。
年末に、グルガオンにある日系ホテル、ダイアパークプレミア http://www.diapark.jp/の無料お風呂開放に行った際、
体重計に乗ってみて卒倒しかけ、ダイエットを始めた。
インドで生活を始めた日本人は、大半は激太りし、一部は激やせするのが常で、
自分もインド生活一年目は人相が変わるほど激太りした。(おそらく10㎏以上増だったと思われる。)
その後少し戻して小康状態を保っていたが、今回は結構危険な感じである。
最近、写真を見ても
「なんか、自分だけ遠近法おかしい??(・・?」
などとぼんやり思っていたが、全てはクリアになり愕然となった。
基本めんどくさい事は出来ないので、ダイエットといっても、ただ愚直に歩くだけだが、
基本的にウォーキングは楽しくて好きだ。(たとえ大気汚染の最中でも!!)
しかし問題は、眠さ・寒さに打ち克って家を出る事である。
とりあえず、初日は辛うじてだが家を出ることが出来た。
家の周りをぐるっと回ると、約45分ほどなのだが、その途中には、グルガオンの老舗マーケットであるガレリアマーケットがあり、
そのガレリアマーケットに差し掛かると、なにやら良い匂いが漂ってきた。
マーケットの入り口付近で焼き芋を売っているのだ!
甘くて良い匂いには勝てず、一本買ってしまったが、この焼き芋はめちゃくちゃ美味しかった。
焼き芋を美味しく作るには、酵素を働かせ、でんぷんを麦芽糖に変えるのが肝要で、
適切な温度(70℃ぐらい)で長時間火(というか熱)を通さなくてはならないらしく、
実はイメージ以上に手間暇がかかり高価な料理なのだが、まさかこんな所で出会ってしまうとは!!
すぐさま、焼き芋に夢中になり、いろいろ検索した結果、
一本(300g)、489キロカロリー。
しかも炭水化物(糖)おおし。
。。。(-.-)
しかし、焼き芋には同時にビタミン(C,B,E)や葉酸、カリウム、食物繊維など、
美容や女性にとって良い栄養が豊富に含まれている、との事。
まあ、どのみち、また匂いにつられてしまうんだし、と、
「2時間歩いたら、焼き芋食べても良い」
という事にした。
すると、あんなに家を出るまではぐずっていたのが、全く苦にならなくなったのである。
恐るべし、焼き芋の効果。。
しかも、焼き芋は腹持ちも良いので晩御飯の代わりにもなって、ちょうど良い。
上機嫌でウォーキングを終え、念願の焼き芋を買いに行く。
今日のお兄さんはどうしても2本売りつけたいようだが、
1本500キロカロリーと知った今、やすやすとアクセプトする訳にはいかない。
1本だけもらって500ルピーを渡すと、しれっと350ルピーだけお釣りを返してきた。
ので、あと70ルピー(約120円)返すように要求。
言葉が通じない振りをするお兄さんだが、インドに長くいると動じなくなる。
やじうまのおっちゃんも、「それ80ルピーでしょ。」と言ってくれた。
収入差を考えたら、寒い中で焼き芋を売ってるお兄さんに、それぐらいあげたって良いのでは?
という人もいると思うが、それをあげるのは、ちゃんとお釣りを取りかえしてからだ。
そして、どうせあげるなら、正直な人にあげたい。
明日も2時間歩いて買いにくるから、行いを正して、待っていてくれよ!
と、焼き芋スタンドを後にし、家に帰ってレンジでちょっと温めて食べた。
相変わらず、芯まで柔らかく、甘くておいしかった。(ダイエットの話はいずこへ…(-.-))
スリランカ旅行記 その6 シギリヤロック
2017年12月31日
チケットの販売開始が朝7時からの為、6時30分に宿を出て、徒歩でシギリヤロックに向かう。
宿からチケット売り場まで歩いた距離はさほどではないが(20分もかからないくらい。)
外国人用のチケット売り場は美術館内にあるようで、それが判明するまで多少時間を要してしまった。
外国人の入場料は、大人がUSD30ドルかもしくは4650スリランカルピー。(約3400円。)
尚、キャッシュのみの受付である。
美術館からシギリヤロックに行くには来た道を少し引き返すので、
動線とは何なのか、しばし考えさせられてしまったが、
朝の涼しい気候の中、太古の遺跡に向かって歩くのも悪くない。
…と思いきや、
整備された部分などは速攻で終わりを告げ、
永遠に続くような階段が現れた。。
その勾配の急さたるや、前日訪れたダンブッラの石窟寺院の比ではない。*ダンブッラの階段も十分にしんどかった。
足を滑らせて後ろの人を巻き添えにしては申し訳なさすぎるので、写真は撮れなかった(:_;)
そうこうするうちに、らせん階段にたどり着き、垂直へ上っていった。
(この階段も、周りに鉄の格子を張り巡らせてくれているが、下をみてはいけない類のものである(;´Д`))
上ってみると、そこには、18人のシギリヤレディがいた。
それはそれは見事だった!!
柔らかな黄土色の壁に、これまた柔らかい線で美女たちが描かれている。
シギリヤレディはスリランカだけでなく、インドやアフリカなど、いろいろな国から集まっているようで、
美女のバリエーションが豊かで、でもいずれも柔和で美しくて、ずっと見ていたかった。
2016年1月から壁画の写真撮影が禁止されたので、壁画のそばには係員が2、3名待機しているのだが、壁画の事をいろいろ教えてくれる。
画家の間違いで、指が6本あったり、手が3本ある美女もおり、
なんであれだけの画が描けるのに、そういう初歩的なとこをどうして間違うのか謎だが、それもまた楽しい。
せまい場所に後続の人もどんどんやって来るため、本当に名残惜しいが壁画を後にする。
その後、有名なミラーウォール(鏡の回廊)があるのだが、
どれがそれなのかが分からず、反対側の岩を写真に撮ってしまった(;´Д`)
岩に沿いながら歩いていくと、広場にでてきた。
今では足しか残っていないが、有名なライオンの門である。
シギリヤレディを見て油断してしまったが、ここも登るのか。。
しかし、ほんのひと昔前までは、ロープ一本と30センチぐらいの板しかなかった、と聞くから、それに比べたら今の環境はだいぶ恵まれている。
登りきってみると、そこはまさしく天空の城(跡)であった。
周りは360度、森(ジャングル)を見渡せて、遠くの方には大きな河も見える。
宮殿が出来た当時は、ここに住む事になった人々はどんな気持ちだっただろう。
ここは、歴史でみると、骨肉の争いの上、ほんの10年ほどで滅んでしまった、悲劇として語られる事が多い場所だが、
ふもとの都市は庭園や水路や濠(ワニ入り)が整備され、
絢爛豪華な美女の壁画(当時は500人ぐらい描かれていたらしい)があり、
鏡のように磨かれた壁があり、
巨大なライオンの門があり、
天空に近い宮殿にはスイミングプールなどもあって、
カッサパ王本人の心理はいざ知らず、ついてきた人々や美女たちはそれなりに栄華を極めて生活していたのではなかろうか。
その当時、この天空の城で、人々が生活していたり、シギリヤレディたちが優雅にプールで遊んでいた様子などを想像すると、とても楽しかった。